「人生これでいいのか?」という自問から始まった、現役ゲームディレクターの異常な学生生活と、最強の思考習慣

コラム

Director’s Insight

「人生、これでいいのか?」
パチンコ屋の正社員だった僕が、借金してゲームの深淵を覗くまで

執筆:編集長 山田

今、ディレクターとして数百万人のユーザーが遊ぶゲームの舵取りをしていると、ふと、あの「タバコの煙と喧騒」の中にいた自分を思い出すことがあります。
僕のキャリアの出発点は、クリエイティブとは程遠い、パチンコ店の正社員でした。

1. 逃げ出した先に、一筋の「賭け」があった

パチンコ屋の仕事は、肉体的にも精神的にも過酷でした。ホールを駆け回り、トラブル対応に追われる日々。
「自分の人生、本当にこれで終わっていいのか?」という自問自答が、いつしか頭の中を支配するようになりました。

今振り返れば、当時の決断は、単に忙しい現場からの「逃げ」だったのかもしれません。
しかし、その「逃げ」を正当化するためには、次は絶対に失敗できないという強い強迫観念がありました。貯金はゼロ。
それどころか、僕は多額の借金をして、ゲーム専門学校の門を叩きました。

傍から見れば、職を捨てて借金を背負う「詰み」の状況だったでしょう。
でも、不思議と絶望はありませんでした。むしろ、今まで感じたことのない高揚感がありました。
「ここから、自分の人生を劇的に書き換えられるかもしれない」という、根拠のない希望だけが僕を突き動かしていました。

2. 睡魔を削り、東京の「熱」を喰らう

学生生活といっても、華やかなものとは無縁です。
深夜はカラオケ店でバイト。タバコと酒の匂いが染み付いた体で、早朝の電車に揺られて学校へ向かう。
寝る時間は、授業中の合間や移動中だけ。常に頭が朦朧とするような極限状態でした。

ここで、これから業界を目指す人へ伝えたいのは、「場所」の重要性です。
僕は迷わず都内の学校を選びました。なぜなら、就職活動における「機動力」が全く違うからです。
都内であれば、放課後に企業のインターンへ通い、現場の空気を直接吸うことができます。
(※もちろん、大阪や福岡も企業が多いので選択肢に入りますが、やはり情報の集積地である東京のアドバンテージは計り知れませんでした)

3. 狂気の『毎日企画』:枯渇から始まる開眼

そんな僕が、今の「設計力」を身につけるきっかけとなったのが、有志5人で始めた『毎日企画』という修業です。
「毎日1本、必ず企画書を出す。出せなかったら、罰則として翌日までに10本出す」。
仲間内でナメられたくないという、ただそれだけのプライドで始めたこの過酷なルーティンが、僕の脳を根底から作り変えました。

アイデアが「死んだ」その先に

最初の3ヶ月は、これまでの人生で溜めていたネタで乗り切れました。
しかし、100本を超えたあたりで、完全にアイデアが枯渇しました。
頭を絞っても何も出てこない。焦燥感の中で「銭湯を覗きに行くゲーム」なんて、今思えばゴミのような企画を真顔で出していた時期もありました。

しかし、その「空っぽ」になった状態からが本番でした。
自分の内側にネタがないのなら、外側から奪うしかない。
それからの僕は、道行く人々の仕草、看板のフォント、風の匂い、あらゆる事象を「ゲームのメカニクス」として観察するようになりました。
些細な日常が、すべてインプットの素材に変わったのです。

牙を剥く「思考の筋肉」

1年も続けると、自分でも驚くほどの変化が起きました。
「おもしろい」と「つまらない」の境界線が瞬時に見え、一瞬で代替案を10個出せるようになる。
思考が加速し、ついには先生が提示する企画にすら「ここが設計ミスです」と論理的にダメ出しをする、生意気な学生が完成していました。
当時は先生も扱いに困ったことでしょうが、その時、僕は確実に「プロの思考」を手に入れていたのです。

嫉妬に焼かれた「その後のRPG」

今でも忘れられない、ある同級生の企画があります。
それが「魔王を倒した後から始まるRPG」
その着眼点を聞いた瞬間、脳を撃たれたような衝撃を受け、同時に猛烈な嫉妬に襲われました。
「なぜ僕はこの視点に気づけなかったのか」と。

残念ながら、その友人の企画はゲーム化することはありませんが
数年後、そのコンセプトと同じ漫画が世に出ました
『葬送のフリーレン』
同じコンセプトで違う媒体で傑作として、世界を熱狂させました。
私の友達はフリーレンには関わっていませんが、僕たちの『毎日企画』は、決して無駄ではなかった。
あの時、血反吐を吐きながら思考し続けたメンバーは、間違いなく「本質」に触れていたのだと確信しています。

4. 最後にあなたを救うのは、論理を越えた「熱量」だ

就職活動の面接に、僕はその300枚以上の「企画の残骸」を持っていきました。
現場のプロから見れば、その大半は使い物にならないゴミかもしれません。
しかし、その紙の束が放つ圧倒的な「熱量」だけは、誰も否定できませんでした。

パチンコ屋で自問自答していたあの日の僕に、今の僕が言えることがあるとすれば。
「その『逃げたい』という焦りは、いずれ『何かを創りたい』という渇望に変わる。
借金も不眠も、すべてがゲームデザインの血肉になるから、そのまま狂ったように考え続けろ」ということです。

もし今、何かに挑戦しようとして「自分には何もない」と絶望している人がいるなら。
まずは「毎日何かを産み出す」という狂気のルーティンに身を投じてみてください。
テクニックの先にある、本当の「考えるチカラ」が開花した時、世界は全く違った色で見えてくるはずです。

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